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福岡高等裁判所 昭和39年(う)425号 判決 1967年4月28日

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用<省略>

理由

検察官の控訴趣意第一点(事実誤認)について。<略>

同第二点(法令適用の誤り)について

所論は、原判決は、昭和三六年九月二六日に実施された本件学力調査が形式的には地方教育行政の組織および運営に関する法律(以下地教行法という。)第五四条第二項に違反し、実質的にも教育基本法第一〇条に違反するものであるから違法であるとしているが、原判決は教育基本法第一〇条、学校教育法第二〇条、第一〇六条の解釈を誤り、文部大臣の教育課程に関する権限を不当に狭く解釈し、文部大臣が定めた小学校学習指導要領の法規命令としての効力を否定した違法を犯し、さらに、地教行法第五四条第二項、第五三条の解釈を誤り、文部大臣の調査要求権の限界についての解釈を誤つた違法を犯したものであり、本件学力調査は、地教行法第五四条第二項、第二三条第一七号の要件を具備しており形式的に手続上も違法ではなく、実質的にみても教育の政治的中立を害しまたは教育者の自主性を不当に侵すおそれはないものであるから、適法である。したがつて、原判決には法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討するに、教育基本法は(教育行政)と題し「教育は不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負つて行なわれるべきものである。教育行政は、この自覚のもとに教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行なわなければならない。」と規定している。そもそも、教育の目的は、教育基本法第一条に規定するように、人格の完成をめざし、平和的な国家および社会の形成者として真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期することにある。ところで、このような目的をもつ教育は、教育者と被教育者との内面的人格的関係によつて始めて達成されるという本質をもつものであるから、教育の内容および方法についてはその自由と独立とが保障されなければならない。右教育基本法第一〇条はこの趣旨を規定したものと解される。したがつて、教育基本法第一〇条は、右教育の本質に照し、さらに戦前における官僚等の中央集権的教育行政制度の教育内容および方法に対する不当な支配が我が国の教育をゆがめたことに思いを到し、右支配から脱却することを目標の一つとした教育基本法の制定経過に照して解釈しなければならない。すると、教育基本法第一〇条は、同法第八条、第九条と相まつて、教育の中立性を規定したもので、同条にいう「不当な支配」の主体は政党その他の政治団体、労働組合、宗教団体、財閥等を含むのはもちろん、法律上教育に対し公の権力を行使する権限を有する行政機関もその主体となりうるものであり、教育基本法第一〇条は、教育行政は、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標とし、教育施設の設置管理、教職員の人事、教育財政等の外的条件の整備をするほか、教育の内容および方法については行政上の命令監督をすることは許されず、指導助言をすることができるに止まるとするものというべきである。ところで、教育行政は、教育の内容および方法について命令監督することができず、指導助言をすることができるに止まるからといつて、教育の内容および方法が全く無統制、自由放任であつてはならないことはもちろんである。原判決のいうように、教育は国家社会の最も重大な関心事であり、教育の振興は国や地方公共団体の果さなければならない重大な使命の一つである。ことに、義務教育である初等、中等の普通教育は、基礎的な教育である関係上、全面的に児童生徒の能力に応じて普遍的に差異のない水準において行なわれることが望ましいので、教育行政機関である文部大臣は普通教育の内容および方法について大綱的基準を設定することができるものである。そして、前記のとおり教育行政は教育の内容および方法について命令監督することは許されないのであるから、文部大臣の右の普通教育の内容および方法についての大綱的基準の設定は指導助言すなわち勧告の一種としての効力しか持たないものであり、その実効性はその専門的見地から適切妥当なものであるという権威によつて確保すべきものである。文部省設置法第五条第二項、地教行法第四八条もこの趣旨を規定したものというべきである。

したがつて、以上の教育基本法第一〇条の規定の趣旨および教育の本質によつて解釈すると、学校教育法第二〇条、第一〇六条が小学校の教科に関する事項は文部大臣がこれを定めるとしているのも、小学校の教育の内容および方法についての大綱的基準である教育課程基準設定権を与えたものと解すべきであり、右学校教育法第二〇条、第一〇六条、同法施行規則第二五条により定められた小学校学習指導要領(昭和三三年文部省告第八〇号)も、法的拘束力はなく、指導助言としての効力しか有しないものというべきである。したがつて、右と同様に解した原判決の判断は相当であり、右小学校学習指導要領に法規命令としての効力すなわち法的拘束力があるとする所論は採用できない。

さて、押収してある「昭和三六年度学力調査の実施要領(小学校、高等学校)」と題する書面によれば、小学校における本件学力調査は、その目的は小学校の児童の学力の実態をとらえ、学習指導、教育課程および教育条件の整備改善に役立つ基礎資料をうることにあり、昭和三六年九月二六日の一日に国語、算数について第六学年を対象として全国の小学校の約四パーセントを抽出して実施したものであることを認めることができる。

ところで、前記のとおり文部大臣の定めた小学校学習要領は法的拘束力はなく、指導助言としての効力しか有しないものであり、その実効性はその専門的見地からの権威によつて確保すべきものであるから、右小学校学習指導要領を専門的に権威あらしめるためには、それが学術的に優れていることはもちろん必要な的確な調査に基いて定められなければならず、地教行法第五四条第一項も教育行政機関は的確な調査等に基いて事務の処理に努めなければならないとしている。そして、右小学校学習指導要領は教育の内容および方法の大綱的基準であるから、教育行政機関が行なう右調査が若干教育の内容および方法にわたることは避けられず、若干教育の内容および方法にわたつているとしても、教育の自由と独立を本質的に侵害するものでない限り、右調査が教育基本法第一〇条に違反して違法であるとはいえない。原判決は、本件学力調査が文部大臣の定めた小学校学習指導要領を基準とし、これに準拠して文部省当局が試験問題を作成し、その目的が右小学校学習指導要領に対する到達度を見る点にあり、学力評価の一種であり、これらのことは右小学校学習指導要領に法的拘束力を認めることを前提としているもので、本件学力調査は、文部大臣が不当に教育内容に介入したもので、教育基本法第一〇条に違反し違法であるとしているが、右のとおり本件学力調査が教育の内容に介入したことになるとしても、前記のとおりそのことからただちに本件学力調査が違法であるとはいえず、前記のとおり小学校学習指導要領に法的拘束力がないからといつて本件学力調査ができないものでもない。そして、前記認定のような目的および方法の本件学力調査は、専門的見地から権威のある大綱的基準である小学校学習指導要領を定めるについて必要な調査の一つであると認められ、本件学力調査による教育課程の変更もわずか一日間であり、また本件学力調査は、いわゆる悉皆調査ではなく、全国の小学校の約四パーセントの抽出調査であるから、問題の作成方法、実施方法、結果の利用方法等の細部の点においてはかなり批判の余地はあるが、本件学力調査は教育の自由と独立を本質的に侵害するものとはいえないので、本件学力調査が教育の内容および方法にわたつているにしても、教育基本法第一〇条に違反して違法であるとはいえない。したがつて、原判決の前記判断は失当である。

つぎに、本件学力調査は地教行法第五四条第二項によりなされているのであるが、同法第四八条ないし第五四条の規定ことに同法第五三条、第五四条の見出し内容、文言、相互の関係を検討し、さらにもし同法第五四条第二項により文部大臣が調査を求めることができるとすると同法第五三条が不要の条文に帰すること等を考えると、同法第五四条第二項は、教育委員会等が自らなした調査を文部大臣等が提出を求めることができることを規定したもので、文部大臣が一切を企画し命令監督して教育委員会に行なわせる本件学力調査のようなものは同法第五三条第二項によりなすべきものである。所論、地教行法第五三条第二項は同法第四八条ないし第五一条の権限を行なうため必要があるとき文部大臣は教育委員会等に調査を行なわせることができるとしているが、小学校学習指導要領は法的拘束力があるから、これを定めるための調査は同法第四八条ないし第五一条の権限に当らないので、本件学力調査はなんら権限の行使に前提のない同法第五四条第二項によりなすべきであり、また、同法第五三条第二項の調査は具体的、個別的調査をいい同法第五四条第二項の調査は一般的、統一的調査をいうもので、本件学力調査のような一般的、統一的調査は同法第五四条第二項によりなすべきであるというが、小学校学習指導要領には法的拘束力はなく指導助言の効力を有するに止まるものであることは前記のとおりであるので、小学校学習指導要領を定めることは同法第四八条第一項、第二項第二号の権限というべきであるから、本件学力調査が同法第五三条第二項によりなすべきものとするに妨げなく、同法第五三条第二項の調査と同法第五四条第二項の調査とが個別的調査か一般的調査かによつて区別されるものとはいい難い。したがつて、原判決が本件学力調査が地教行法第五四条第二項に違反し違法であるとしたのは相当である。

すると、原判決が本件学力調査は実質的に教育基本法第一〇条に違反するとしたのは相当でないが、本件学力調査を違法であるとした点は相当であるから、論旨は結局理由がない。

弁護人らの控訴趣意第一(事実誤認)について。<略>

同第二の一(法令適用の誤り)について。

所論は、原判決は、本件学力調査が形式的には地教行法第五四条第二項に違反し、実質的にも教育基本法第一〇条に違反するものであるとしながら、公務執行妨害罪の対象となる職務行為の適法性について、職務行為に法令違反があり、不適法であつても、軽微な方式違反など効力に関係のない場合とか、あるいは効力に関係ある瑕疵があつても、それが重大にして何人の判断によつても、その存在に疑いを抱く程度に明らかな場合なら格別、そうでなくして一定の法的救済を経てはじめて無効とされる場合等には、その執行はなお刑法上保護する必要があるとし、本件学力調査は右のように法令の解釈に誤りがあり、その実質的内容において重大なる違法性を帯有するものではあるとしても、一般社会通念よりみて、その違法性は何人の判断によつてもその存在に疑問を抱く程度に明白なものとはいい難く、したがつて無効とはいえないとし、本件学力調査のテスト補助員の学力テスト実施行為について公務執行妨害罪の成立を認めた。しかしながら、本件学力調査は、教育行政権力が教育の内容に介入したもので、教育基本法第一〇条に違反し違法であり、本件学力調査の対象校である南原小学校の全教師、本件動員者全員も本件学力調査が違法であることを知つていたもので、本件学力調査は一般社会通念からみても、何人の判断によつても明白に教育基本法第一〇条に違反して違法であつたものであり、また、本件学力調査を実施した教育委員会もテスト補助員も、本件学力調査を実施する抽象的権限を有していなかつたものであるから、本件学力調査のテスト補助員の学力テスト実施行為について公務執行妨害罪は成立しないので、原判決には法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、検討するに、公務執行妨害罪により保護される公務員の職務の執行は適法なものでなければならないことはもちろんであるが、職務の執行が、その公務員の抽象的権限に属し、法令の形式を具備し、一般社会通念に照しても職務の執行とみられるものであれば、その法令の解釈適用に誤りがあつたとしても、なお適法な職務の執行として、公務執行妨害罪の保護の対象となるものと解するのが相当である。そして、本件学力調査のテスト補助員の学力テスト実施行為は、原判示のとおり関係法規により右テスト補助員の抽象的権限に属し、法令上の形式を具備していたものであり、検察官の控訴趣意第二に対する判断のとおり、本件学力調査は、所論のように教育基本法第一〇条に違反することはなく、地教行法第五三条第二項によりなすべきであるのに、同法第五四条第二項によりなした誤りがあるに過ぎないので、一般社会通念に照しても職務の執行とみられるものである。したがつて、本件学力調査のテスト補助員の学力テスト実施行為を公務執行妨害罪の保護の対象となるものであるから、これについて公務執行妨害罪の成立を認めた原判決には法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

同第二の二(法令適用の誤り)について。

しかしながら、本件学力テスト中止のような交渉は地方公務員法第五五条の団体交渉事項には当らないし、被告人らは本件学力テスト実施中の教室内にまで立ち入つているのであるから、被告人らの本件行為が福教組およびその支援労働組合の決定に基く行為であるとしても、被告人らの本件住居侵入行為を正当ならしめるものではない。論旨は理由がない。

同第二の三(法令適用の誤り)について。

しかしながら、検察官の控訴趣意第二に対する判断のとおり、本件学力調査は、教育基本法第一〇条に違反するものではなく、したがつて憲法第二三条、第二六条に違反するものでもなく、地教行法第五四条第二項に違反するものに過ぎないし、目的において正当であるからといつて如何なる手段も許されるというのではないのであつて、原判示のような被告人らの本件行為はとうてい手段において相当であるとはいえないので、被告人らの本件行為が正当行為または超法規的違法阻却事由に当り違法性を欠くものとはいえない。論旨は理由がない。 被告人白石利一の量刑不当の主張を除く被告人五名の控訴趣意について。

しかしながら、被告人らの原判示の住居侵入罪が成立し、被告人白石を除く被告人四名の判示の公務執行妨害の事実が認められることは、弁護人らの控訴趣意第一にに対する判断のとおりであるから、論旨はいずれも理由がない。

検察官の控訴趣意第三点、弁護人らの控訴趣意第三および被告人白石利一のその余の控訴趣意(いずれも量刑不当)について。

そこで、本件記録ならびに原審および当審において取り調べた証拠によつて考察するに、本件学力調査の違法性、被告人らの本件犯行に及んだ動機、被告人らの本件学力調査阻止行動における地位、被告人らの本件犯行の態様、本件犯行の結果その他諸般の情状を綜合すると、各所論の諸点を考慮しても、被告人白石を懲役二月、被告人山本を懲役三月に、被告人加賀城、同橋津、同国丸を各懲役二月に処し、被告人五名に対し一年間右各刑の執行を猶予した原判決の刑の量定は相当であるから、論旨はいずれも理由がない。(塚本富士男 安東勝 矢頭直哉)

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